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映画 ボヘミアン・ラプソディはクイーンの 衝撃の真実を明かす!




ロックバンドクイーンと言えばウィ・ウィル・ロック・ユーが有名ですよね

色々な場面で使用されているので皆様もご存知かと思います。

この曲を使用している作品。


スポーツ

日本サッカー応援歌であり、サッカーゲーム『ウイニングイレブン』シリーズにも使用されている。

また、アルビレックス新潟でも使用している。
格闘技ではアンディ・フグゲーリー・グッドリッジらが入場曲として使用しており、2000年、フグが逝去した際には彼の葬儀でも流された。
プロレスでは1980年代後半のNWAにて、リック・ルードレイジング・ブルタッグチームが入場曲としていた。
米国MLB公式戦でバッターが打席に入る時、イントロが流れる。
全日本F3選手権のスタート3分前に使用されている。
日本の高校野球のヒッティングマーチとして使用されるケースがある。
(Wikipediaより引用




CM

東芝gigabeatのCM(さまざまなアレンジが施されていることが多い)
ペプシコーラのCMソング(ブリトニー・スピアーズビヨンセピンクによるカヴァー。CMにはブライアンとロジャーも出演した)
日産・ステージアCMソング(ケイコ・リーメイシー・グレイによるカヴァー)
キリンチューハイ氷結CMソング(倖田來未によるカヴァー)
日本たばこ産業のコーヒー「ルーツ」のCMソング。
キリンビバレッジ・メッツ(飲料)(1990年代)
ソフトバンク– ウィ・ウィル・ロック・ユー(音源:ライブ・イン・モントリオール 1981)
大塚製薬ポカリスエットのCMソング(2015年)
(Wikipediaより引用)


ドラマ・バラエティ・アニメ・映画

日本テレビ系列ドラマ『anego』のオープニングテーマ曲。
1994年の映画『D2 マイティ・ダック』で使用された。
2001年のアメリカ映画『ROCK YOU!』で使用された。
ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!!』内の企画「山崎邦正 VS モリマン」における、モリマンの入場曲。
日本テレビ系列ドラマ『1ポンドの福音』のイメージソング。
2015年のアニメ作品『モンスターストライク』の第1期エンディングテーマ曲(GLORIAによるカヴァー)
映画『ピクセル』の劇中歌として使用された。
新潟テレビ21制作・テレビ朝日系列ドキュメンタリー『心はいつもノーサイド〜北島忠治90歳〜』で使用された。
(Wikipediaより引用)


こちらからご覧いただけます

クイーンの楽曲ベスト20はこちらから視聴できます。


伝記映画『ボヘミアン・ラプソディ』とは…


参考記事はこちらから



ボヘミアン・ラプソディの動画はこちらからご覧いただけます。



実際のクイーンとボヘミアン・ラプソディを比較する事ができる画像があります


こちらからご覧いただけます


ボヘミアン・ラプソディを観て

フレディ・マーキュリーの生き様を主に描かれていることを知りました。

マーキュリーは、天才でもありますがそれゆえに、奇行な面も持ち合わせていて孤独な人だと感じました。

どこまで行っても孤独感から逃れられないマーキュリーは、男女関係なく愛を求めて彷徨い、お酒に溺れていきます。

そしてエイズにかかり、ソロ活動をしていたマーキュリーは、残り少ない生涯を元のメンバーと共に活動したいと申し出ます。

元メンバーはその事実を知り、マーキュリーの過去の奇行を許し亡くなるその日まで共に活動しました。

この映画は音楽映画と言った形で、彼らの人生も綴る内容になっています。

音楽と映画が好きな筆者は、この映画の出来には感動と誰にでも起こり得る死に直面した時にどう生きるか?

そんな疑問符を叩きつけられた気がします。

批評家は色々な事を書かれておりますが、365日毎日映画を観て過ごした筆者から見ると又時間を置いて観てみたい映画の一つとなりました。

ボヘミアン・ラプソディは彼の死の2週間後に、再リリースされ1位を獲得します。

最初の発表から16年後のことでした。

1992年クイーンとJ・ビーチはエイズと闘う財団、マーキュリー・フェニックス・トラストを設立します。

最後のシーンでは若かりし日の、彼らのコンサート映像で終わります。

音楽で始まり音楽で終わります。

色々な思いが交差する内容でした。

フレディ・マーキュリー死の直前死を受け入れながら過ごした日々

1986年10月、イギリスのマスコミはフレディがロンドン・ハーレー街の診療所でHIVの血液検査を受けたと報じる。

当時、日刊タブロイド新聞ザ・サンのリポーターが日本から戻ってきたばかりのフレディーにヒースロー空港でインタビューしたが彼は病気を否定する。

パートナーのジム・ハットンはフレディのエイズ感染に関する認識について発言している。

『彼は1987年4月の後半には感染を認識していた』

本人は対外的には噂を否定していたものの、英国のマスメディアは1990年頃より、フレディの痩せた外観、クイーンのツアーへの不参加などから、エイズに感染しているのではないかと盛んに報じた。

フレディが生前最後にステージに立ったのは、1990年2月18日にドミニオン劇場で行われたブリット・アワードの授賞式だったと報じられています。

フレディの存命中に発表された最後のスタジオアルバム『Innuendo』は、イギリス、スイス、イタリア、ドイツ、オランダで一位を記録し、アメリカでは1984年発表の『The Works』以来、初めてゴールドディスクとなりました。

セカンドカットとなったシングル曲『I’m Going Slightly Mad』(狂気への序曲)のミユージックビデオでは、痛ましくやせ細り厚化粧をしたフレディが道化師を演じています。


こちらからご覧いただけます


今なお考え深く心に突き刺さる思いで、どうしたものかと筆者は頭を抱えています。

最後まで読んでくださり有難うございます。


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