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今日はJohn Fogerty の曲を聴きながら

 

 

 Blue Moon Swamp 

 

 

 

Eye Of The Zombie

 

この曲なかなか面白い!

怖〜い!ゾンビーの筈ですが怖くない。

とてもリズミカルで思わず踊りたくなるくらいです。

今も上半身でリズムを取り曲を楽しんでいます。

私が所持しているCDです。

他6枚ありました。笑

何時でも、何処でも聴けるよう、iTunesやiPadに入れてCDは大切に保存しています。

 

 

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジョン・キャメロン・フォガティ(John Cameron Fogerty, 1945年5月28日 – )は、アメリカのミュージシャン・音楽プロデューサー。クリーデンス・クリアウォーター・リバイバル(以下CCR)を率いたギタリスト・ヴォーカリストとして知られる。

兄も同じミュージシャンの故トム・フォガティ(英語版)(1941年 – 1990年)である。

「ローリング・ストーンの歴史上最も偉大な100人のシンガー」において第72位を獲得した。

「ローリング・ストーンの歴史上最も偉大な100人のギタリスト」において2003年は第40位、2011年の改訂版ではランク外だった。

 

 

 

カリフォルニア州バークレーに生まれる。幼い頃よりブルースを聴き、ベンチャーズの影響を受けギターを弾き始めた。

ジョン自身がカリフォルニアに住みながら、黒人が多い南部の音楽の影響を受けたブルースロックに興味を持ったことが彼の音楽のルーツとなり、イーグルスとザ・バンドとともにカントリーロックを確立し、サザンロックのプロトタイプで、CCR自体がジョン・フォガティによってベイエリア特有の音色を持っており、前述のザ・バンドとともにスワンプロック(英語版)をも確立させた。

1959年、中学校の同級生ステュ・クック(英語版)ダグ・クリフォード(英語版)とCCRの前身である「ザ・ブルー・ベルベッツ」を結成。後に兄のトムが加入。

1967年、ジャズ系レーベル会社のファンタジー・レコードと契約を結び、CCRを率いて活躍した。

異色のバンドとして一時的にはビートルズを凌ぐ勢いを見せた。

ほぼすべての曲の作詞作曲、リードシンガー、リードギタリストを務めるジョンのワンマンスタイルはバンド内に軋轢を生み、1971年1月にトムが脱退。最後のアルバムとなる「Mardi Gras」ではメンバーそれぞれが作詞作曲、ボーカルを分け合う民主的なスタイルがとられるが以前の勢いがみられず、ついに翌1972年10月にCCRは解散。

以後のジョンはソロとして音楽活動を開始し、バンドを装った一人多重録音の「ソロCCR」とも言うべき活動を続ける。

1973年にファンタジー・レコードから、ソロ初のアルバム『ザ・ブルー・リッジ・レンジャーズ(英語版)』を、翌々1975年にアルバム『ジョン・フォガティ(英語版)』を発表するが、同時にファンタジー・レコードの元マネージャーで、社長でもあるソウル・ゼインツとの金銭面と著作権による契約問題で訴訟を起こすなど、好きな歌が歌えなくなったため、ジョンは心身疲労となってミュージシャン活動を事実上休止していた時期もあった。

 

 

しかし、親交があったボブ・ディランらの支えもあり、1985年にジョンが移籍したワーナー・ミュージックからアルバム『センターフィールド(英語版)』を発表して、ビルボードの1位を獲得。

翌1986年にもアルバム『アイ・オブ・ザ・ゾンビ(英語版)』を発表したが、前作のようにヒットはせず、さらに追い打ちするように『センターフィールド』に収録された曲の『オールド・マン・ダウン・ザ・ロード』がソウル・ゼインツからCCR時代の曲である『ジャングルを越えて(英語版)』に類似しているために、著作権に抵触すると指摘され、さらにおなじく収録された「守銭奴」を意味する『ミスター・グリード』や『ヴァンズ・カント・ダンツ』もソウル・ゼインツら経営者を揶揄する曲であると訴訟されてしまい、ショックを受けたジョンは再びミュージシャン活動から離れた。

1997年にミシシッピのデルタ地帯を旅した経験を基に制作され、ユニバーサル・ミュージックからのアルバム『ブルー・ムーン・スワンプ(英語版)』はグラミー賞最優秀ロック・アルバム賞を受賞した。1998年にハリウッド・ウォーク・オブ・フェームの星を獲得。

2003年に「ザ・ブルース・ムービー・プロジェクト」を締めくくるコンサートに客演するなど、やや消極的であるものの健在ぶりをアピールしていた。

2005年にはソングライターの殿堂入りを果たした

2007年に訴訟問題が解決し、ソウル・ゼインツらと和解したジョンは、古巣のファンタジー・レコードからアルバム『リバイバル(英語版)』を発表。

2009年にユニバーサル・ミュージックからアルバム『ブルー・リッジ・レンジャーズ・ライズ・アゲイン(英語版)』を発表し、2013年にアルバム『ロート・ア・ソング・フォー・エブリワン(英語版)』を発表し、CCR時代の曲を様々なゲスト・ミュージシャンと共に再演している。

同年4月に新設のヤンキースタジアムのオープニングセレモニーで『センターフィールド(英語版)』を歌った。

2010年にフジロックフェスティバルの出演のためCCR時代の来日以来38年ぶりに日本の土を踏み、現在のジョンも、CCR時代から変わらないストレートな音楽で精力的に活動をしている。

 

2020年、新型コロナウイルスの流行により各国で外出禁止の措置がなされる中、フォガティは3月24日から自宅で撮影したライブ演奏を精力的に配信。

家にとどまることと手を洗うことを訴えている。

「雨を見たかい」「バッド・ムーン・ライジング」「光りある限り」「ルッキン・アウト・マイ・バック・ドア」「ダウン・オン・ザ・コーナー」「フール・ストップ・ザ・レイン」「フォーチュネイト・サン」などをこれまでに演奏した。

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