モーガン・フリーマンのお勧め映画
もくじ
モーガン・フリーマン
モーガン・フリーマン(Morgan Freeman、本名: Morgan Porterfield Freeman, Jr.)
1937年6月1日〜現在も活躍中。
83歳になりました。
時が経つのは本当に早いです。
モーガン・フリーマンを初めて観たのは映画ブルベイカー

1980年の映画です。
モーガン・フリーマン43歳の時の作品。
ブルベイカーは登場する人物の名前です。
ブルベイカーは、刑務所内の囚人たちの待遇を密かに調査するために、州政府によって送り込まれた人物でした。
ブルベイカーは所長の地位に就くと待遇改善を断行、それは功を奏し、刑務所内には明るさが戻ります。
賄賂によって潤ってきた一部の委員たちはそれを快く思わず、ブルベイカーの追放を目論みます。
この時、モーガン・フリーマン は囚人役として、初の映画作品の出演となりました。
この時の印象は、役柄のせいかとても貧弱で細い体が印象的でした。
今や、モーガン・フリーマンの存在を知らない人は居ないだろうと思う活躍ぶりです。
ドライビングMiss デイジー
有名になった彼はブルース・ベレスフォード監督の『ドライビング Miss デイジー』(1989年)に出演。
デイジーとのやり取りが微笑ましく、我儘で頑固なデイジーを、微笑ましいストーリーで展開していくアメリカ映画。
ブルース・ベレスフォード監督によるハートウォーミングストーリー。
アメリカ南部を舞台に、老齢のユダヤ系未亡人とアフリカ系運転手の交流をユーモラスに描きます。
ホーク・コバーン演じるモーガン・フリーマンは、人柄そのものの役を演じています。
人種差別は黒人だけでなく、ユダヤ人も人種差別を受ける中、認知症になってしまった、デイジーを優しく見守るホーク。
人間としての真価を問われる映画です。
デイジー演じるジェシカ・タンディは、気難しい性格だったけれど、ホーク演じるモーガン・フリーマンの優しさの中で、笑顔の素敵な女性へと変化していきます。
グローリー』(Glory)は、1989年公開のアメリカ映画

エドワード・ズウィック監督の『グローリー』(1989年)など次第に主役級の役柄を演じるようになりました。
『グローリー』(Glory)は、1989年公開のアメリカ映画。
アメリカ南北戦争において実在したアメリカ合衆国初の黒人部隊を描く戦争映画です。
この映画では、モーガン・フリーマンは、ジョン・ローリンズ曹長を演じています。
この映画で黒人兵士を演じたデンゼル・ワシントンは第62回アカデミー賞および第42回ゴールデングローブ賞の助演男優賞を受賞しています。

54連隊の武功は連邦議会に伝わり、議会は 連邦軍有色人部隊の設立を制式に認可。
終戦までに18万人の黒人が南北戦争に従軍します。
第54連隊は隊の半数の兵士を失い、後続の白人部隊も大損害を受け、ワグナー要塞攻略戦は失敗しました。
しかし、54連隊の武功は連邦議会に伝わり、議会は 連邦軍有色人部隊の設立を制式に認可。
終戦までに18万人の黒人が南北戦争に従軍しました。
その後リンカーン大統領は、南北戦争における北軍の戦局を逆転し、その勝利に多大な貢献があったと彼らを讃えられました。
許されざる者(1992年の映画)


町の酒場で娼婦とトラブルを起こしたカウボーイ二人に、娼婦たちは懸賞金をかけます。
風の噂で懸賞金の話を聞いたキッドという男が田舎で隠居していた殺し屋マニー(クリント・イーストウッド)を誘い、カウボーイの首を狙いに酒場へ向かいます。
道中でマニーの昔の仲間ネッド(モーガン・フリーマン)を伴い三人はカウボーイのひとりを殺害しますが、ネッドが保安官のリトル・ビルに捕らえられ拷問の果てに殺されてしまいます。
マニーはもうひとりの賞金首とネッリトル・ビルを射殺。雨の中、ネッドの仇をうったマニーは娼婦たちに見送られ酒場を去っていきます。
『許されざる者』は西部劇の傑作として今も語り継がれる名作のひとつです。
孤独なガンマンたちの生き様を描き切り、アカデミー賞作品賞を受賞しています。
今も人気の映画です。
ショーシャンクの空に
優秀な銀行員だったアンディ(ティム・ロビンス)は、無罪を主張するも認められず妻殺しの罪でショーシャンク刑務所に収監されまてしまいます。
長年服役している調達屋のレッド(モーガン・フリーマン)から小さなロックハンマーを入手。
主任刑務官の遺産相続問題を解決したり、図書係を務める傍ら州議会から図書館予算の請求に成功したり、持ち前の知性でのし上がっていきます。
やがてアンディは20年前にレッドから受け取ったロックハンマーで脱獄に成功。

ほどなくしてレッドも仮釈放され、脱獄前にアンディが残していった伝言を信じてメキシコへ向かい、再会を果たします。

古い船の修理をしているアンディと、レッド(モーガン・フリーマン)の感動の再会の写真です。
塀の中のストーリーだけに場面展開に派手さはありませんが、その分アンディとレッドの上質な友情がより浮き彫りに。
ラストでは、20年間信念を貫き通したアンディの勝利に胸の空く思いが押し寄せます。
ミリオンダラー・ベイビー
『ミリオンダラー・ベイビー』(Million Dollar Baby)は、2004年のアメリカ合衆国の映画。
製作・配給会社はワーナー・ブラザースで、監督・製作・主演はクリント・イーストウッド。
プロボクサーを目指すマギー(ヒラリー・スワンク)のジム入会を認めようとしないオーナーでトレーナーのフランキー(クリント・イーストウッド)。
見かねたフランキーの友人スクラップィ(モーガン・フリーマン)は、こっそりマギーに基礎を教えます。

やがて熱意に負けたフランキーはマギーを指導。
二人三脚でタイトルマッチまでたどり着きますが、相手の反則行為によりマギーは全身付随になってしまいます。

回復の見込みがなと知ったマギーはフランキーに死なせてほしいと懇願します。
悩み抜いたフランキーは、マギーの点滴に致死量のアドレナリンを注入し姿を消します。
クリント・イーストウッドと二度目の共作。
マギーの頑張りには胸が熱くなり、思わず応援したくなります。
マギーのいじらしさと、マギーに寄り添う二人に胸打たれる作品です。
最高の人生の見つけ方
これは以前に投稿していますがもう一度書きます。
実直な自動車修理工のカーター(モーガン・フリーマン)とお金儲けに奔走する人生を送ってきた富豪のエドワード(ジャック・ニコルソン)は、同室で闘病生活を送ることになります。
共に余命半年を宣告されたふたりは、カーターが密かに書き記していたバケットリストを家族の反対を押し切って実行に移します。
スカイダイビング、マスタングに乗る、ライオン狩り。
世界を旅して回るうちカーターの妻から「夫を返して欲しい」と手紙を受け取ったエドワードはカーターを説得し帰路へつきます。
友情を深めたふたりでしたが、途中カーターがエドワードと絶縁状態だった娘との再会を画策したことでけんか別れしてしまいます。
ほどなくしてカーターの容体が悪化したと知らせを受けたエドワードは、カーターからリストの残りを達成するように諭され娘と再会。
その頃カーターはこの世を去り、後を追うようにエドワードも旅立ちました。
二人の遺灰はエベレストに安置され、バケットリストの最後のひとつが果たされます。
ストーリーもタイトル通りのシンプルなものですが、それだけにジャック・ニコルソンとモーガン・フリーマンの演技が命の作品。オスカー俳優の共演だからこその映画です。

インビクタス/負けざる者たち クリント・イーストウッド監督映画

2009年のアメリカ映画です。
出演者:モーガン・フリーマン、マット・デーモン
モーガン・フリーマンはこの映画では製作総指揮もされています。
「invictus」とは、ラテン語で「征服されない」「屈服しない」を意味する語です。
反体制活動家として27年もの間獄中生活を送っていたマンデラ(モーガン・フリーマン)は、釈放後大統領に就任しました。

実在の人物マンデラ大統領
黒人のマンデラが大統領になったことで、報復人事を恐れた白人たちでしたが、マンデラは肌の色に関係なく新しい南アフリカの建国を呼びかけます。
アパルトヘイトの象徴として、黒人には不人気だったラグビーを、世界一に押し上げるため、奔走するマンデラ。
彼と共にワールドカップ優勝のためにチームを必死でまとめようと懸命な主将のフランソワ(マット・デイモン)。
ワールドカップに挑んだ南アフリカラグビーチーム、スプリングボクスは決勝に進出。
ネルソン・マンデラ大統領の実話に基づいた映画です
相手は世界最強ニュージーランド・オールブラックス。
人種の壁を超え団結したボグスは、オールブラックスの猛攻を凌ぎ切りノーサイド。
世界の頂点に立つのでした。
『インビクタス/負けざる者たち』はネルソン・マンデラの自叙伝の映画化作品で、モーガン・フリーマンの出演はマンデラ大統領たっての希望で実現しました。

またモーガン・フリーマンは監督を自らクリント・イーストウッドに依頼。
のちに当時を振り返り「クリントを説得したのは私ではなく脚本だった」と話しています。
予告編の最初と最後のセリフにある言葉
I am the master of my fate,I am the captain of my soul.「我が運命を決めるのは我なり、我が魂を制するのは我なり」
英国の詩人ウィリアム・アーネスト・ヘンリーの詩です。
この言葉が一番印象に残っていて心に染みました。
リーダーとは、人を導く力がある人、導いてほしいなと思わせる事のできる人。
権力でその座につき、従わざるをえないリーダーではなく、従いたいと自ら望むリーダーに人はついていくと思います。
ダニー・ザ・ドッグ リュック・ベッソン監督作品

悪徳高利貸しのバートは、幼いダニーをどこからかさらってきた後、彼を殺人マシンとも呼ぶべき百戦錬磨の闘犬のような野獣人間に育てます。
お金を回収し戻ると、犬小屋みたいな地下に入れられ首輪をつけられます。
食べるものも、檻に放り投げられ手づかみで缶詰を食べたり。
世間のことは何も知らないダニーは、普通の食事、普通の生活を知らずに犬のように扱われます。
常識では考えられない描写に悲しみさへ感じました。
首輪を外すことを合図に、お金を滞納するギャングや宝石店主などを次々と襲わせていますが、とにかく強い。

調律師サムとの出会い
ある日ダニーはバートとともに訪れた骨董品倉庫で盲目の調律師サム(モーガン・フリーマン)に出会い、兼ねてから興味をもていたピアノに触れる機会を得ます。
ここから少しずつ人の、本当の温かみを少しずつ恐れを抱きながら知ることになります。

後日ダニーとバートは、取り立ての件で恨みを抱かれていた宝石店の一味に襲撃を受けます。
バートやバーとの手下が殺される中、ダニーは命からがら逃げ延びサムに助けられます。
サムは亡くなった友人の妻と娘のヴィクトリアを引き取り暮らしていましたが、10年前の交通事故で友人の妻を亡くし自身も視力を失ってしまいました。
視力を失ったサムは、人の悲しみ、置かれている状況を悟る感覚を持っていました。
サムやヴィクトリアとの暮らしの中で、徐々に人間らしさを取り戻しつつあったダニーでしたが、偶然出会したバートの手下に遭遇。
この部分は、観ているものにも恐怖感を煽ります。
過日の襲撃の際に死んでいなかったバートに暴力の仕事を強要されますが、デスマッチ終了後に逃げ出しふたたびサムのもとへ戻ります。

悪徳高利貸しのバートは、執拗にダニーを探し出します。
ダニーは自分の母親の写真を、サムとヴィクトリアに見せ、バートから母が娼婦だったと聞かされたことを話します。
それは全くの事実とは違う内容でした。
その写真から、ダニーの母が優秀なピアニストだったことが分かります。
ダニーはバートが母に好意を抱いていたこと、触れられることを拒否した母がバートに射殺されたことなど、幼い頃の記憶を思い出します。
ここからダニーの悪徳高利貸しのバートへの憎しみがこみ上げてきます。
やがてサムの家を突き止めたバートがダニーを説得にやってきます。
サムは復讐心からバートにとどめを刺そうとするダニーを制し、自ら植木鉢で叩きのめす所は観ていて気持ちが良い。
月日は流れ、カーネギーホールのステージで、ヴィクトリアがピアノを演奏する姿をサムとともに鑑賞するダニー。
母も弾いたモーツァルトのソナタを聴きながら感極まり涙が溢れてきます。

サポート役のモーガン・フリーマンは盲目の調律師です。
モーガンが演じるサムは、主人公・ダニーの人間らしさを守るキーパーソンとしての存在感は流石です。

普通の生活を知らないダニーは、バートから人間としての扱いをされないまま成長します。
このことは、一般家庭の子供に対しての教育にも言えることだと思います。
子供は一人の人格を持った親とは別の人格ですが、子供の心を無視し親の所有物のような扱いをしている親を沢山見てきました。
特に私立幼稚園や私立小学校の親たちの中にはとても多い事を体験しています。
例えば、自分はリラックスしながら子供には『次はピアノのレッスンがあるから早く食べなさい!』と言われた子供の眼はどこか虚ろでした。(その他に習い事のスケジュールが一杯な様子でした)
筆者は心の中で『自分も子供さんと同じように出来るかやってみればいい』と心で叫んでいました。
その子が不憫でなりません。
或いは医者の息子を父親の医療大学へ行かせるために、遊ぶ時間も与えずに一日中管理されている子供さんも見てきました。
筆者の考えでは、親子関係であってもそれぞれの人格を大切にしなくてはいけないと思うのです。
それゆえ筆者は子供に何かを押し付けたことは一度もありません。
そのせいかどうかは分かりませんが、人間らしく育った事を心から良かったと思うのです。
最後まで読んでくださり有難う御座います。
モーガンフリーマンさん、かっこいいですね!私はバッドマンのときが、すきです!٩( ᐛ )و
はい!
どう意見です。
文字数が2,000超えてしまったので。
明日もモーガン・フリーマンの予定です。
コメント有り難う御座います。