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ジャック・ニコルソン、ヒース・レージャー、ホアキン・フェニックスの3人の名優が演じるジョーカーとは



バットマン

このシリーズは、スーパーヒーロー、バットマンの冒険にスポットを当てています。

1938年に誕生したスーパーマンの人気を受け、39年のバットマン、40年のジャスティス・ソサエティ・オブ・アメリカ(JSA) 、41年のワンダーウーマンなどヒーローコミックの企画が次々に登場しました。




今回はジョーカーに焦点を当ててみました。

ジャック・ニコルソン演じるジョーカー




ティム・バートン監督作『バットマン』(1989)でジョーカーにふんしたのは、『カッコーの巣の上で』など3度のアカデミー賞に輝く名優ジャック・ニコルソンです。

本作におけるジョーカーの本名はジャック・ネーピア。

マフィアのナンバー2だった彼が女絡みでボスの不興を買い、銃撃戦の末に化学工場の薬品槽に落ちて肌は真っ白&顔の神経も全部やられ、闇医者の手で常に笑った顔のジョーカーへと変貌する姿が描かれています。

ジャック・ネーピア時代も相当な悪でしたが、薄汚れた病院で顔の包帯を取り、その顔を初めて見て高笑いするシーンはまさにサイコ。

紫のスーツにオレンジシャツと派手すぎる衣装に、愉快な音楽に合わせて踊りながら登場するなどコミカルな印象が強いですが、ジョークで人の顔に酸をかけたりとやっていることはかなり凄惨で、陽気と狂気のバランスが絶妙に彼の恐ろしさを際立てています。

ニコルソンは「薬品槽に落ちて違う人格が出てきたわけだから、精神が不安定なキャラクターを演じた」と振り返り、バートン監督は「完璧以上。まさにジョーカーそのものだった」と絶賛で、ニコルソンの演技を見たいがためにテイクを重ねたと明かしています。

ジャック・ニコルソン演じるジョーカーは、恐ろしいと言うよりピエロのような笑がありました。

ヒース・レジャー演じるジョーカー



2008年に公開された『ダークナイト』では主人公バットマンの宿敵ジョーカーを演じたヒースレージャーの顔、声、演技を観て鳥肌がたちました。

とても衝撃的で忘れることが出来ない程のインパクトです。

ヒース・アンドリュー・レジャー(Heath Andrew Ledger, 1979年4月4日 – 2008年1月22日)は、オーストラリア出身の俳優です。

オーストラリアでテレビ・映画に出演した後、1999年に『恋のからさわぎ』でハリウッドデビューを果たします。

当初はアイドル路線的な注目でしたが、ほどなくして本人がこの路線を拒否し、以後出演作品を選ぶようになりました。

『ブロークバック・マウンテン』(2005年)の演技が絶賛され、26歳でアカデミー主演男優賞にノミネート、一躍若手演技派俳優と目されるようになります。

その後も順調にキャリアを重ねて行きました。

死後、『ダークナイト』(2008年)の演技により、アカデミー助演男優賞を受賞。

2008年の死後に公開された『ダークナイト』では主人公バットマンの宿敵ジョーカーを演じます。

ヒース・レジャーは、一ヶ月間ロンドンのホテルにひとりきりで閉じこもり、ジョーカー独特の声や笑い方を作り上げるなどして圧倒的な役作りで撮影に臨み、ジャック・ニコルソンとはまた違ったジョーカー像を創造することに成功し、批評家から高い評価を得ました。

この作品で彼はアカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞 助演男優賞、英国アカデミー賞 助演男優賞など主要映画賞を総なめにしました。

故人のアカデミー賞受賞は、ピーター・フィンチ以来32年ぶり2例目となります。

アカデミー授賞式には亡き本人に代わり、両親と姉が出席。

父親のキム・レジャーは、「息子の演技を評価していただき、ありがとうございます」と礼を述べた。

また、関係者にも感謝の意を伝え、「息子は映画の世界を愛していました」とメッセージを送った。

また、同助演男優賞の中では史上4番目(28歳と324日)の若さでの受賞となりました。

死亡時、テリー・ギリアム監督作『Dr.パルナサスの鏡』の撮影途中であったため、ジョーカーを演じた『ダークナイト』が遺作になるものとみられていました。

親友のジョニー・デップ、コリン・ファレル、ジュード・ロウが代役の出演を快諾して製作の続行が可能になり、無事に完成し公開されました。

なお、本作でのヒースの演技はカット・加工されることなく予定通り使用されたとの事です。


第6回ヴェネチア国際映画祭にて。左からリチャード・ギアー、トッド・ヘインズ、シャーロット・ゲンズブール、ヒース・レージャー。


ヒース・レジャーの突然の死

2008年1月22日、ヒースは映画『ダークナイト』の完成を待たずに、マンハッタンの自宅アパートで全裸状態で遺体が発見されました。

28歳没。

前年11月頃から不眠症となり、「とても疲れているのに二時間程しか眠れない」と映画『ダークナイト』出演に際してのインタビューでは睡眠薬服用を公言していました。

また、インタビュー時期は自身の婚約解消と別居が重なる時期でもありました。

当時はインフルエンザにもかかっており、薬の併用摂取(特定の薬物を過剰摂取したわけではない)による急性薬物中毒による事故死。

住んでいたアパートに置かれた献花。



バッドマン ジョーカの残酷な行動ランキングTop10


【バットマン】ジョーカーの残虐な行動ランキング Top10




ヒースレージャー The Dark Knight


The Dark Knight (2008) Official Trailer #1 – Christopher Nolan Movie HD


YouTubeからご覧頂きますと、続きが観られます。

もっと多くの作品が観たかったです。

とても残念です。

ホアキン・フェニックス演じるジョーカー



ジョーカーのラストシーンは謎に包まれている

この世は全てジョークなのか!

『ジョーカー」2019年公開の舞台は架空の都市、ゴッサム・シティだが、1981年ごろのニューヨークをベースにしているらしい。

つまり、治安の悪化と腐敗がはびこっていて貧困と差別、勝ち組と負け組に分断された末期的都市がが物語の背景となっている。

この作品は、そんな状況から生まれた貧しい道化師の恐ろしくも悲しい報復のドラマ。

開幕間もなく、アーサー(ホアキン・フェニックス)が街の若いものたちに看板を盗まれ袋叩きにされるシーン。

簡単に解雇されるシーン、市の政策でカウンセラーの施設も閉鎖、薬も貰えなくなるシーンなど、アーサーにとってやり切れない、辛い出来事が続き次第に社会から疎外されていく。

また、後半、自分は孤児?とわかり母親ベニー(フランセス・コンロイ)への増悪、父親とおぼしきトーマス(ブレッド・カレン)への確執なども語られる。

さらに、心を許せる友人と思っていたソフィ(ザジー・ビーツ)の存在も彼の妄想とわかる。

アーサーは、ぐいぐい追い詰められていく。

暗い絶望的な物語


全く暗い絶望的なこの物語は、見るものを深く失望のどん底に連れて行ってしまう。

あまりにも救いがない。

本来、映画とは、絶望と無縁の産物だろうと思う。

どんなに希望がなく閉ざされた世界であっても、必ずそこには一つの光明があるものだと思う。

同じ年に公開された超リアリスト、ケン・ローチの新作『家族を思うとき』でさえ、ラスト、まさに八方ふさがりの境地に追い込まれた主人公に対し、ローチは決して絶望を選んではいない。

作者としてかすかな温かい眼差しを残している。

状況は厳しいが望みは捨てるな、お前は何も悪くないとでも言おうか。

そんなつぶやきが感じられる。

それに比べ『ジョーカー』は心底、ゾッとする雰囲気が全編にあふれている。

トッド・フィリップス監督は救いの作業をいとも簡単に放棄し負け犬であるアーサーを、無情にもどんどん追い込んでいく。

社会から弾き飛ばされ、自らのアイデンティさえも崩壊していく男を冷静に突き放していく。

彼に優しい視線を向けたのは同僚のゲイリー(リー・ギル)だけだ。

『おまえだけだ。やさしかったのは。』

拳銃を手に入れるアーサー



ふとしたことで、彼が拳銃を手に入れるくだりが映画的にわざとらしい、露骨な作為演出だとの指摘もある。

確かに、ここで拳銃を手に入れなければ、その後の急展開はありえない。

しかし、もともと映画とは、意識的かつ作為的な世界だ。

その仕掛けの中でどんな物語を構築していくか、何を描いていくかが大切なのではないだろうか。

銃を入手した瞬間、彼はおもわず、暴力という報復手段を得てしまったに違いない。

見落としてはならないのは、深手を負っていたアーサーに救いの手を差し伸べる者はいなかった。

ということだ。

『僕が求めていたのは優しい言葉とハグだ」

この格差社会は、弱者を切り捨てることによって成り立つ傲慢な世界になっている。


DC路線から完全に独立した作品



最初、この作品はDCの人気やキャラ(ジョーカー)誕生の秘話、その後宿敵(バッドマン)との対決が待つ『ダークナイト』シリーズへ繋がっていく流れかと思っていた。

というのも、ヒース・レジャーが演じたジョーカー像のあまりにも鮮烈な衝撃が残っていたからだと思う。

バッドマンを押しのけたジョーカー誕生の経緯、どう明らかにされるのか、観客はそう期待したに違いない。

しかし、監督はそれらと一線を引く作品に、別物のつもりで撮ったと語って居る。

とすれば、本作はDC路線から完全に独立した作品として観なければならない。

一人のピエロの物語として観なければならない。

そのあたりが、謎のラストシーンへの伏線になったのではないかと思われる。

悪のカリスマとなっていくアーサー


幻想と現実が混沌とし、限りなく絶望したアーサーは、暴力に覚醒、富裕層の証券マンを撃ち、人気のTV司会者(ロバート・デ・ニーロ)を射殺し、世の中の不平、不満を誇大化させた群衆の中で、悪のカリスマになっていく。

そのドラスティックな行動に共感、共有できるかが、作品の肝だと思う。

ここが評価のわかれるところであり、やや性急な問題提起、メッセージ性に突っ走った感が残されている。

そして、暴徒の歓声の中、やおらボンネット上でダンスを始めるジョーカー誕生のクライマックス・シーンで映画は終わるべきだった。

終わって欲しかった。

が、なぜか映像は続き、ジョーカーが血の足跡を残しながら病院を歩き、踊る、逃げ回るラストシーンが待っていた。

現実世界と格差社会


『ジョーカー』は、もろ手を挙げて勧めたくなる作品ではない。

閉塞感に満ちたおぞましい作品だから。

しかし、完全に無視し否定すべき作品とも思わない。

体の芯のどこかで妙にひっかかるものがある。

彼が、街の階段で踊るシーン、バスの窓から絶望的な眼差しを向けるシーン、ラスト近く自分の血を唇に擦り付ける戦慄的なシーン。

そんなジョーカーを、否定できない何かが、頭の中でアメーバーのように増殖していく。

それは多分、現実世界は既に、ここで描かれた以上の格差社会になり果てているからだろう。

富を有するものはいい、が無き者はどうなるのか。


面白いジョークとは?


何とも不可解なラストシーンは。

病院の一室が映り、アーサーらしき人物がカウセリングを受けている。

彼は、笑い『面白いジョークが浮かんだ。理解できないだろうけれど。』と呟く。

なんだろう、この台詞の意味するところは?

この後、トーマス夫妻が暴漢に襲われ、幼きバッドマンが立ち尽くすシーンがある。

更に、血の足跡を残しながら病室を出て行く。

果たして、『面白いジョーク』とは?

なぜ、トーマス夫妻殺害のシーンが唐突にインサートされたのか?

あれがジョークなのか?

間接的であるにしろ、自分がライバルのバットマンを誕生させてしまったということなのか。

まとめ


時系列説、未来説、過去説、妄想説。などいろいろな解釈の声が上がっているらしい。

どれが正解なのか全くつかめない。

監督は、観客を惑わせるような結末にしている。

我々を挑発しているようだ。

だから、答えはないのかもしれない。

全編にわたって、どこまでが現実で、どこまでが妄想なのか。

勝手に判断してくれということなのか。

いずれにしろ、監督は全てを明らかにすると語っているので、今はただそれを待つしかない。

当初この作品は、マーティン・スコセッシ監督でレオナルド・ディカプリオ主演の予定だったらしい。

どんなラストシーンになったのか?

こんなひどい世の中では、もう笑うしかない。

この世の出来事は、すべてジョーク!とジョーカーは叫んでいるのだろうか。

最後まで読んでくださり有難うございます。




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