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エリック・クラプトン

 

 

日本武道館に息子と観に行ったのは昨日の事のようです。

11年前の事になります。

日本武道館の上の方だったので、Eric Claptonはとても小さくて、大きなモニターを観ながら音を楽しんでました。

日本武道館と言う大きな舞台でも、チケットはすぐ無くなってしまいます。

良い場所は確保出来ませんでした。泣

 

 

この曲を演奏し始めると場内がワー!っと興奮と歓声に包まれます。

ファンはこの曲が大好きなんです。

そのことをよく知っていてファンを焦らすEric Clapton。笑

エリック・クラプトンは、まず何よりも名ギタリストとして知られている。

そしてその存在感あるギターの一方で、やや過少評価されているのではないか、というのが彼のシンガーとしての魅力である。

勿論エリック・クラプトンのヴォーカル、特に70年代頃のものは、決して技巧的に上手いというものではないし、ドラッグの影響もあるのか不安定な部分も多い。

しかしだからこそ訴えかけてくる歌というのもある。

その時期のクラプトンの歌中で、ときに苦しそうに声が裏返りそうなところがあるが、それはこれ以上ないほどにエモーショナルだし、ブルースの安定感といったものとは趣を異にする白人ロック的なリアリティに溢れている。

決して同一化できない黒人音楽へのコンプレックスといったものを抱きがちな英国白人ロック・ミュージシャンの歌が、それに憧れつつ対象化しながら作り上げる音楽が、ある種のロック・リスナーの心に切実に響く。

上に触れたギターの部分と重複するが、クラプトンの生い立ちや、彼に付随する悲劇的な物語性と相俟って、そうしたパターンの最良のものがここに現われるのだ。

 

ギターの音色は本当に素晴らしく、特にコンサートではオリジナルのCDには入っていない音源が導入されたり、コーラスが入ったり、オーケストラが入ったり、CDでは聴かれない音源が飛びだ出す。

即興でその場の雰囲気に合わせて変えていく。

そこがまた面白いところでもあります。

 

ライディング・ウィズ・ザ・キング

 

ライディング・ウィズ・ザ・キング(Riding with the King)は、2000年に発表されたエリック・クラプトンとB.B.キングが競演したアルバム。

クラプトンの所属レーベルであるリプリーズ・レコードから発売された。

当時のクラプトンのレギュラー・バンドや、ジミー・ヴォーン(スティーヴィー・レイ・ヴォーンの実兄)が2人をサポート。

B.B.キングのヒット曲や、サム&デイヴの歌で有名な「ホールド・オン・アイム・カミング」等を取り上げている。

2001年、グラミー賞のベスト・トラディショナル・ブルース・アルバム部門を受賞。B.B.キングは前年にも『ブルース・オン・ザ・バイユー』で同部門を受賞しており、2年連続の受賞となった

収録曲は12曲

その中でも、ライディング・ウィズ・ザ・キングが特に気にいっている。

 

 

ティアーズ・イン・ヘヴン」(Tears in Heaven)は、1992年に発表されたエリック・クラプトンの楽曲である。

この曲は、息子の死を悼んで作られた歌。

1986年8月、クラプトンはイタリア人女優ロリ・デル・サント(Lori Del Santo)との間に息子コナー(Conor)を授かる。

彼は自分によく似た息子を大変可愛がり、父親としての時間を大切にしたいと述べていた。

しかし1991年3月20日午前11時、当時4歳半だったコナーが母親の自宅の階段を駆け上がっていたところ、たまたま開いていた踊り場の窓から転落して死亡した。

自宅は、アパートの53階だった。

あまりにも悲劇的な事態に大変ショックを受け、クラプトンは自宅に引き篭もってしまった。

彼が再びドラッグと酒の世界に舞い戻ってしまうのでのはないかと多くのファンが懸念したが、コナーに捧げる曲を作ることでその悲しみを乗り越えることに成功した。

そして同年、親友ジョージ・ハリスンを十数年ぶりにツアー活動に復帰させ、クラプトンは自分のバンドと共にハリスンのバックを務めることで、音楽シーンに本格的に復帰した。(Wikipediaより)

 

息子さんのことを思い出してしまうのか、悲しい顔で歌われるので、訳詞がついた動画にしました。

 

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